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6月28日


■高ぶりと争いの結果

「列王記 第二 14章:10節〜12節」
14:10 あなたは、エドムを打ちに打って、それであなたの心は高ぶっている。誇ってもよいが、自分の家にとどまっていなさい。なぜ、争いをしかけてわざわいを求め、あなたもユダも共に倒れようとするのか。」
14:11 しかし、アマツヤが聞き入れなかったので、イスラエルの王ヨアシュは攻め上った。それで彼とユダの王アマツヤは、ユダのベテ・シェメシュで対戦したが、
14:12 ユダはイスラエルに打ち負かされ、おのおの自分の天幕に逃げ帰った。




南王国ユダの王アマツヤは、もともと正直で主の目にかなうことを行い、力ある王でありました(列王記第二14:3,5)。しかし、エドムとの戦争で勝利した後に高ぶり始めてしまい、北王国イスラエルの王に戦いを仕掛け、挑みました。イスラエルの王はアマツヤ王に、高ぶらずに自重しなさい、と警告しましたが、アマツヤ王は聞き入れず、ついに戦争を起こしました。

その結果、アマツヤ王はイスラエルの王ヨアシュに捕らえられ、エルサレムの主の宮と王宮とは打ちこわされ、その中にあったすべての金と銀、およびすべての器具は奪い取られ、民たちは人質として引っ張られて行く辱しめを受けました。私たちは本分(奉読箇所)の内容を通して、高ぶりと争いの結果がどう言うものであるかを悟ることができます。

「高ぶる」と言う言葉の原語的意味は、「心を高める」と言う意味です。「ローマ人への手紙11章20節」を見ますと、『そのとおりです。彼らは不信仰によって折られ、あなたは信仰によって立っています。高ぶらないで、かえって恐れなさい。』と言われています。「高ぶらない」ためには、自ら心と姿勢を低くしなければなりません。

聖書は、 『へりくだって貧しい者とともにいるのは、高ぶる者とともにいて、分捕り物を分けるのにまさる。』(箴言16:19)と教えています。自分を低くし、他人を自分よりもすぐれた者と思う謙遜な人に、神様のお恵みが与えられる、と言うことを忘れてはなりません。(ペテロの手紙第一5:5参照)。

争う者は、自ら禍を招きます。「自ら禍を招く」と言う言葉の原語的意味は、「邪悪を謀って禍を受ける」と言う意味です。戦いには、神様が命じられる戦いと、人間的な戦いがあります。アマツヤは神様が命じられたとか許されたことがなかった戦いを貪欲によって行ったので、禍を自ら招いたのです。

聖書は、『しかし、もしあなたがたの心の中に、苦いねたみと敵対心があるならば、誇ってはいけません。真理に逆らって偽ることになります。そのような知恵は、上から来たものではなく、地に属し、肉に属し、悪霊に属するものです。ねたみや敵対心のあるところには、秩序の乱れや、あらゆる邪悪な行ないがあるからです。』(ヤコブの手紙3:14〜16)と記録しています。

高ぶりと欲で争うことは、禍を招く行動であると言うことを心に銘じなければなりません。ですから、私たちはひたすらに謙遜な心と和解の心をもって神様の御国を建てる聖徒とならなければならないのです。




お祈り

高ぶる者を退けられ、謙遜な者にお恵みを施してくださる、父なる神様!

私たちの心の中から高ぶりと争う心を取り除いてくださり、謙遜な心と和解の心で満たされるように助けてください。

イエス様の御名によりお祈り申し上げます。アーメン!