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8月16日


■信仰の段階

「ヨブ記 42章 1節〜6節」
42: 1 ヨブは主に答えて言った。
42: 2 あなたには、すべてができること、あなたは、どんな計画も成し遂げられることを、私は知りました。
42: 3 知識もなくて、摂理をおおい隠した者は、だれでしょう。まことに、私は、自分で悟りえないことを告げました。自分でも知りえない不思議を。
42: 4 どうか聞いてください。私が申し上げます。私はあなたにお尋ねします。私にお示しください。
42: 5 私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。
42: 6 それで私は自分をさげすみ、ちりと灰の中で悔い改めます。




赤ん坊が生まれたら、成長して大人になるように、信仰にも成熟の段階があります。私たちは本文の御言葉を通して、ヨブが苦難を通して成熟なクリスチャンに成長していくのを知ることができます。

第1番目は、耳で聞くだけの段階です。ヨブは神様の御言葉を最後まで聞いてから、はじめて自分の無知を告白しました。「私はあなたのうわさを耳で聞いていました。」がそれです。彼は神様から義人であると認められた人でありました(ヨブ記1:8、2:3参照)が、彼の信仰はまだ聞くだけの段階でありました。信仰は聞くことから始まります(ローマ人への手紙10:17)ので、メッセージを聞いたり、他の人の証しを聞くことはとても重要です。

しかし、これは信仰の最初の段階です。私たちはここから一段階もっと進んで行かなければなりません。

第2番目は、悟る段階です。聞くことによって始まった信仰は、必ず悟る段階を通らなければなりません。ヨブは今まで自分が語ったことに対して、「自分で悟りえないことを告げました。自分でも知りえない不思議を。」と告白しました。

信仰生活をするにおいて信じるだけでなく、悟ることもまた、重要なのです。イエス様も、「御言葉を聞いても悟らないと、悪い者が来て、その人の心に蒔かれたものを奪って行きます。」(マタイの福音書13:19)と言われました。ですから、悟る段階は必ず必要なのです。

第3番目はに、主に会う段階です。聞くことも重要であり、悟ることも重要でありますが、主に会う段階にまで成熟されなかったら、聞くことも、悟ることも、あまり意味を持たなくなります。

ヨブは苦難を通して、主に会う段階にまで進みました。彼は、「今、この目であなたを見ました。」と告白しているのです。堅固な信仰と確実な悟りを得たとしても、神様にお会いする体験がないとしたら、成熟した信仰であるとは言えないのです。それで、私たちは必ず、主にお会いする信仰の段階にまで進んでいかなければなりません。

神様は今日も私たちに仰せられます。「これらの務めに心を砕き、しっかりやりなさい。そうすれば、あなたの進歩はすべての人に明らかになるでしょう。」(テモテへの手紙第一4:15)。ですから、私たちは信仰の成熟のために、もっと努力しなければならないのです。




お祈り

すばらしい、わが父なる神様!

私たちの霊の目と耳が開かれて、神様の御言葉を聞いて悟り、神様と深くお会いする体験がしたいです。私たち家族がみな、成熟な信仰の人たちとなるために、もっと努力し、主にお会いすることができるように助けてください。

イエス様の御名によりお祈り申し上げます。アーメン!