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11月25日



■使い道のないぶどうの木

「エゼキエル書 15章:6節~8節」
15:6 それゆえ、神である主はこう仰せられる。わたしはエルサレムの住民を、わたしがたきぎとして火に投げ入れた、森の木立ちの間のぶどうの木のように、火に投げ入れてしまう。
15:7 わたしは彼らから顔をそむける。彼らが火からのがれても、火は彼らを焼き尽くしてしまう。わたしが彼らから顔をそむけるそのとき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。
15:8 彼らがわたしに不信に不信を重ねたので、わたしはこの地を荒れ果てさせる。――神である主の御告げ。――




神様は、エルサレムの住民たちを‘実を結ばないぶどうの木’にたとえられました。ぶどうの木の木材が薪としか使い道がないように、エルサレムの住民たちも自分たちの分際を飛び越え、信仰を守ることができないので神様の御前で何の役にも立たなくなりました。

イエス様も、まことのぶどうの木であるイエス様にとどまらない枝は、火に燃やすこと以外には、何の役にもたたないと仰せられれました(ヨハネの福音書15:6参照)。ペテロも、聖徒たちに、主であられるイエス・キリストを知ることに怠慢にならず、実を結ばない者になってはならない、と忠告しました(ペテロの手紙第二1:8参照)。

神様は、私たちを成長するようになさいます。しかし、私たちが高ぶるようになり、神様に不従順であったり、神様を遠ざけたりする時、私たちは何の実も結べないだけではなく、神様を喜ばせることもできないようになるのです。それで私たちは、イエス・キリストの中で謙遜な姿勢を持って、霊的な実を結ぶことに努力しなければなりません。

神様を見捨てた者に対する神様の審きは、彼らだけに限られず、彼らが住んでいる地にも及びます。真実でない住民たちによって、その土地も荒廃するようになるのです。ここで私たちは、人間に与えられた第1番目の呪い、すなわち、「土地はあなたのゆえにのろわれていまった。」(創世記3:17)と言われた御言葉を連想するようになります。

不幸にも、私たちの罪は他の部分にまで流れ溢れる結果を招くと言う事実を悟らなければなりません。私たちの犯罪によって滅びに至るのは、単に私たち自身だけではなく、私たち周りの全てのものです。

神様が造られた地と海と空が、人間の罪悪によって苦しみに会うのです。ですから、人間の罪によって苦しむ神様の被造物である世界は、再び回復される日を待っているのです(ローマ人への手紙8:20~21参照)。





お祈り

まことのぶどうの木であられる、我らの主イエス様!

イエス様の中で日々、霊的な実を結びながら生きて行きたいです。私たちが、イスラエルの民たちのように高ぶったり、不従順したりしないように導いてくださり、私たちの祝福された人生を通して、隣人たちにも祝福を分けて上げることができるように助けてください。

イエス様の御名によりお祈り申し上げます。アーメン!