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1月23日


■ 聖霊の生ける川の水

「ヨハネの福音書 7章37節〜44節」
7:37 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。
7:38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」
7:39 これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。
7:40 このことばを聞いて、群衆のうちのある者は、「あの方は、確かにあの預言者なのだ。」と言い、
7:41 またある者は、「この方はキリストだ。」と言った。またある者は言った。「まさか、キリストはガリラヤからは出ないだろう。
7:42 キリストはダビデの子孫から、またダビデがいたベツレヘムの村から出る、と聖書が言っているではないか。」
7:43 そこで、群衆の間にイエスのことで分裂が起こった。
7:44 その中にはイエスを捕えたいと思った者もいたが、イエスに手をかけた者はなかった。


1964年、私たちの教会の聖徒数が2,400余名に達してから、不思議にもそれ以上には増えませんでした。それで私は、早天祈祷会の後に重い心で教会の隅にひれ伏して、教会のリバイバルのために熱く祈りました。 そうするうちに、突然私の心の中に驚くべき神様の御臨在が感じられました。それで私は、「父なる神様、私は新しく生まれ、聖霊も体験し、聖霊で充満になっています。これより以上に何が必要でしょうか…?」と、質問しました。

その時、神様は「聖霊が単純に体験の対象だと思うのか?聖霊は人格者なのだ。人格者を単純に体験の対象として取り扱ってはならない…。」と仰せられました。この御言葉を通して私は、聖霊さまは人格者なのだから、人格者として交際しなければならない対象であることを悟りました。

私は辞典で、「交際」と言う単語を探してみました。その意味は、「他人の関係にある人々と付き合う事」「同伴意識」「共にいる事」「一致感」などでありました。従って聖霊さまは、ある力とか、影響力で注がれるのではなく、人間関係にあっての交際のように、人格的に交際する中でその能力と影響力が現れるのです。

この体験を通した悟りがあった後、私の心の中には「聖霊の生ける川の水」が溢れ流れるようになり、聖霊さまとも深い交わりが成されるようになりました。 それだけでなく、私は説教をしながらも聖霊さまの油が充満に注がれ、溢れるのを感じることができました。そして、この時から私たちの教会は再びリバイバルし始めました。




お祈り

今も、私たちの中でみわざを働かせておられる聖霊さま!私たちの心の中から、聖霊の生ける川の水が溢れ流れ出ますように、助けて下さい。すべての事を教えてくださり、思い出すことができるようにしてくださる聖霊さま!私の家の家族たちが、毎日聖霊充満になって、聖霊さまだけに従って生きていけるように助けてください。 イエス様の御名によってお祈り申し上げます。アーメン!