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10月24日



■答えていただく信仰生活

「 イザヤ書  38 章: 1 節~ 6 節 」
38:1 そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。そこへ、アモツの子、預言者イザヤが来て、彼に言った。「主はこう仰せられます。『あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。直らない。』」
38:2 そこでヒゼキヤは顔を壁に向けて、主に祈って、
38:3 言った。「ああ、主よ。どうか思い出してください。私が、まことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたがよいと見られることを行なってきたことを。」こうして、ヒゼキヤは大声で泣いた。
38:4 そのとき、イザヤに次のような主のことばがあった。
38:5 行って、ヒゼキヤに告げよ。あなたの父ダビデの神、主は、こう仰せられます。『わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。見よ。わたしはあなたの寿命にもう十五年を加えよう。
38:6 わたしはアッシリヤの王の手から、あなたとこの町を救い出し、この町を守る。』




ユダのヒゼキヤ王が病気になって死にかかっていた時、彼は顔を壁に向けて神様に専心全力で祈りました。神様は彼の祈りを聞かれて、彼の寿命を延長してくださっただけでなく、敵の攻撃から彼を守ってあげる、と約束なさいました。それでは、ヒゼキヤ王がそのように驚くべき祈りの御答えをいただいた秘訣はどこにあるでしょうか?

第 1番目に、彼は平素、神様の御前でまことを尽くしました。神様の御前でまことを尽くした、と言うことは、偶像を遠ざけ、ひとえに神様中心の人生を生きることであり、神様に忠実で、誠実である人生を生きることを意味します。つまり、ヒゼキヤ王は、神様の戒めとおきてを立派に守りながら生きたのです。このように、私たちが平素神様の御言葉に従い、まことを尽くしながら生きる時、私たちは、迅速に祈りに対する神様の御答えをいただくことができるのです。

第 2番目に、ヒゼキヤ王は平素、まったき心を持って神様に祈り求めました。神様にまったき心を持って祈り求めたということは、徹底的に神様にだけ拠り頼みながら生きた、と言うことです。

ヒゼキヤ王は、 アッシリヤの王ナケリブが侵入して来た時、自分の力に頼ったり、異邦の国に助けを求めたりせずに、神様の宮に出ていき、神様の御助けだけを祈り求めました。そうして、主の御助けに力を得て、アッシリヤの軍隊を手一つ動かさずに滅ぼすことができました。

こんにちも、私たちがどのような環境や危機に置かれても、ただ専心全力を尽くして神様にだけ祈り求め、神様の御助けに拠り頼みながら生きたら、私たちの祈りに対して迅速に神様の御答えをいただくことができるのです。

第 3番目に、ヒゼキヤ王は平素、神様の御前で良いと見られることを行いながら生きました。良いことを行ったと言うことは、神様が喜ばれることをしたと言うことです。 ヒゼキヤ王は、王になるや否やエルサレムの主の宮を修理し、更に聖所から忌まわしいものは全部取り除きました ( 歴代誌第二 29 : 3 ~ 5 参照 ) 。

また、彼の父親アハズ王の時代に使っていた偶像の祭壇を壊し ( 列王記第二 18 : 4 参照 ) 、再び 過越の生け贄を捧げるように制定しました ( 歴代誌第二 30 : 1 、 5 参照 ) 。

こんにちも、私たちが平素、神様から喜んでいただけることを多く行ったら、人生の危機に会った時、神様に呼ばわり、祈り求めたら、その祈りに対する神様の驚くべき御答えを迅速にいただくようになるのです。




お祈り

私たちの命の主であられる、父なる神様!

ヒゼキヤ王が病気になって死にかけていた時、彼は人に頼らず、神様の助けを祈り求めました。そして、彼は神様のお恵みに与って命を延長していただきましたが、それは、彼が神様の御前でまことを尽くし、まったき心をもって神様の御前に歩み、平素良いことを行ったからです。私たち家族も皆、そのような人生を生きるように助けてください。

イエス様の御名によりお祈り申し上げます。アーメン!