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12月2日



■成功的な人となる為には

「 エゼキエル書  36 章: 33 節~ 34 節 」
36:33 神である主はこう仰せられる。わたしが、あなたがたをすべての不義からきよめる日に、わたしは町々を人が住めるようにし、廃墟を建て直す。
36:34 この荒れ果てた地は、通り過ぎるすべての者に荒地とみなされていたが、耕されるようになる。




私は、長い間の牧会生活を通して数多くの人たちと信仰相談をしながら、成功的な人とそうでない人との間に懸隔する差異があるのを発見します。その差異とは、家門とか教育程度からくるものではなくて、根本的な人生の態度にあります。

今日の本文(奉読個所)には、廃墟であったイスラエルの地が、再びエデンの園のように回復するであろうとの神様の御言葉が記録されています。この約束の御言葉のように、私たちの人生の荒蕪地を改善するためには、どのような姿勢で暮らさなければならないでしょうか?

先ず、神様の御前で聖い欲望を持たなければなりません。人は、より良い明日に向けての聖い欲望がなければなりません。このような欲望があったら、それに従って明日に対する夢を持つようになります。ですから私たちは、自分自身に聖い欲望があるか、省みなければなりません。もしも、そのような欲望がなかったら、霊的に病気に罹った状態です。

このような場合には、まず、自分と神様との間に“罪の隔ての壁”がさえぎっているか、どうかを調べて見て、その壁を崩し去るようにしなければなりません。そうした後、明日のための聖い欲望を持つことができるように切に祈って、聖霊さまの助けを求めなければなりません。

次に、主にあって大胆な信仰を持たなければなりません。神様の御言葉を聞く時、人間の理性で判断せずに、信仰を持ってその御言葉に縋り付かなければならないのです。ペテロは、主が言われたら水火も辞せずに、信仰を持って大胆に実践した人でありました。彼は、周囲が漆黒の暗闇であるガリラヤの海でも、「来なさい。」と言われた主の御声を聞くや否や、大胆に水の上を歩いた信仰の人でありました (マタイの福音書 14 : 29 参照) 。

奇跡を体験したいと願う人は、このように神様の御言葉を信じて、大胆に実践しなければなりません。信仰とは、目にはなんの徴も見えず、耳にはなんの音も聞こえず、手には触れる物がなにもなくても、神様の御言葉に拠り頼んで大胆に前進して行くことです。

さらに、忍耐心をもって根気強く努力しなければなりません。 1 度失敗したとして気落ちしたり、後ろに退く人は、溺れた泥沼から出て来ることができません。私たちの格言に、「天は、自ら助くる者を助く。」と言う言葉があります。神様は、私たちがすべき事に最善を尽くして努力する時、助けてくださいます。根気強く努力することによって、自分の最善を主の前にお見せする時、主が「五つのパンと二匹の魚」の奇跡で祝福してくださるのです。

しかし、私たちが神様に拠り頼んで出発して何かの仕事を始めた時、必ず平坦な道だけを歩くようになるのではありません。ですから、どのような環境にあっても忍耐心をもって努力することが重要です。このような人だけが、成功の人となることができるのです。





お祈り

成功的な人生に導かれる、わが父なる神様! イエス様にあって毎日成功的な人生を生きたいです。そうなるために、聖い欲望と大胆な信仰をもって、忍耐しながら根気強く努力することができるように助けてください。

イエス・キリストの御名によってお祈り申し上げます。アーメン!