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12月17日



■御言葉によって試練に勝ちなさい

「アモス書 8章 9節~11節」
8: 9 その日には、―神である主の御告げ。―わたしは真昼に太陽を沈ませ、日盛りに地を暗くし、
8:10 あなたがたの祭りを喪に変え、あなたがたのすべての歌を哀歌に変え、すべての腰に荒布をまとわせ、すべての人の頭をそらせ、その日を、ひとり子を失ったときの喪のようにし、その終わりを苦い日のようにする。
8:11 見よ。その日が来る。―神である主の御告げ。―その日、わたしは、この地にききんを送る。パンのききんではない。水に渇くのでもない。実に、主のことばを聞くことのききんである。




私たちに押し迫って来る試練には、二種類があります。その一つは神様が与えられる試練であり、もう一つは悪魔がもたらす試練です。どのような試練であろうと、私たちは必ずそれに勝ち抜かなければなりません。

ところが、試練に勝ち抜くためのもっとも基本的であり、重要な原則は、神様の御言葉に拠り頼むことです。それで今日は、御言葉の力に関してお恵みの御言葉を分かち合いたいと思います。

第1番目に、神様の御言葉は、私たちの避けどころとなります。神様が与えられる試練は、私たちの信仰がどれだけ育ったのかを知るためのものです。ですから、試練が近づいて来た時、私たちは神様の御言葉に従順に聞き従い、その御言葉に拠り頼んで忍耐して行かなければなりません。

アブラハムは、神様に愛する独り子イサクを全焼の生け贄として捧げなければならない、信仰の試練が襲って来た時、「あなたの子孫は、イサクによるであろう。」と言われた神様の約束の御言葉に堅固に拠り頼んで、その試練に勝ち抜きました。私たちが試練と患難の真っ只中に置かれた中で御言葉に拠り頼むとき、その御言葉が私たちの避けどころとなるのです。

第2番目に、神様の御言葉は、悪魔の試練に打ち勝つことのできる力となります。悪魔はできる限りの策略を通して、信じるクリスチャンたちをつまずかせ、倒そうとあらゆる計略を弄し、誘惑しますが、私たちがこのような悪魔の試みに打ち勝つためには、神様の御言葉で敵対し、退かせなければなりません。

イエス様がヨルダン川でバプテスマを受けられ、荒野に行かれて40日40夜断食なさった時、悪魔が来てイエス様を試みました。その時、イエス様は人間の手段方法に頼らず、神様の御言葉をもって悪魔に敵対なさいました。神様の御言葉は聖霊の剣です(エペソ人への手紙6:17参照)。私たちが神様の御言葉をもって悪魔に敵対する時、その御言葉は悪魔の策略を木っ端微塵にして吹き飛ばす鋭い剣になるのです。

第3番目に、神様の御言葉は私たちの魂と霊に糧食となり、生ける水となります。本文「11節」には、『この地にききんを送る。パンのききんではない。水に渇くのでもない。実に、主のことばを聞くことのききんである。』と記録されているのです。私たちの魂と霊が、神様の御言葉によっていつも潤った園のように青く肥えている時、私たちはどのような試練も充分に克服し、勝利を博することができるようになるのです。

神様の御言葉は、私たちの霊と魂に砂漠のオアシスも同様であり、真夏に農夫ののどを潤してくれる生ける水とも同じものなのです。ですから、信仰の試練が押し迫って来た時とか、悪魔の試みが襲って来た時、私たちは神様の御言葉に取り縋ってすべてに勝たなければならないのです。





お祈り

御言葉で試みに勝たれた、我らの主イエス様!

神様の御言葉は私たちの避けどころとなり、悪魔の試みに勝つ力となり、渇いた私たちの霊と魂に糧食となり、生ける水となります。神様の御言葉で何事にも勝利を博する私たちとなれるように助けてください。

イエス様の御名によってお祈り申し上げます。アーメン!