■勝つ者となるためには
「歴代誌 第一 18章 1節〜6節」 18: 1
その後、ダビデはペリシテ人を打って、これを屈服させ、ガテとそれに属する村落をペリシテ人の手から奪った。 18: 2
彼がモアブを打ったとき、モアブはダビデのしもべとなり、みつぎものを納める者となった。 18: 3
ダビデは、ツォバの王ハダデエゼルが、ユーフラテス川流域にその勢力を確保しようと出て来たとき、ハマテに出て、彼を打った。 18: 4
ダビデは、彼から戦車一千、騎兵七千、歩兵二万を取った。ダビデは、その戦車全部の馬の足の筋を切った。ただし、戦車の馬百頭を残した。 18: 5
ダマスコのアラムが、ツォバの王ハダデエゼルを助けに来たが、ダビデはアラムの二万二千人を打った。 18: 6
ダビデはダマスコのアラムに守備隊を置いた。アラムはダビデのしもべとなり、みつぎものを納める者となった。こうして主は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた。
「歴代誌第一18章」には、ダビデが継続勝利の余勢を駆って、ペリシテ、モアブ、ツォバ、アラム、エドムを次々と打ち破って勝利を収めた事件が記録されています。それでは、ダビデがどこに行こうとも勝つ者となった理由はなんでしょうか?
今日の本文(奉読箇所)を見ますと、ダビデが戦争に直接参加したことを知ることができます。ダビデは王様でありましたので、いくらでも部下たちを通して戦争することができたにもかかわらず、親しく自ら戦場で先頭に立って指揮したのです。これは、ダビデが神様の仕事にいつも主体となって働いたことを意味します。このように、私たちも神様の仕事にあっては傍観者の態度を脱ぎ捨てて、ダビデのように主体とならなければなりません。
また、ダビデは積極的に行動したことをしることができます。ナポレオンは、虹をつかみ取ることができると思って、山を越え、野原を走り、丘を通り越えて追いかけましたが、手に入れることができないまま帰って来ました。人たちは彼を嘲笑しましたが、彼は、「お前たちはできないと思ったから、何もせずにその場に立っていた。しかし、私は手に取ることができると思ったので、いたる所へ行ってくることができ、たとえ虹を手に入れることはできなかったにしろ、その代りに得たのが多かったのだ。」と言いました。
ダビデは、「討ち」「奪い」「殺す」など、積極的に行動しました。こんにち、私たちも口先だけで「主よ!
主よ!」と呼ばわってはいけません。積極的に、主の御言葉に従って行動する時、勝利者になることができるのです。聖書に、『こうして主は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた。』(18:6)と記録されています。
ですから、私たちがすべての点において主人意識を持ち、神様に拠り頼んで積極的に行動する時、主にあって勝利者となることができるのです。
お祈り
勝利であられる、全能なる神様!
私たちもダビデのように、積極的に主の御言葉に聞き従い、実践して、勝利者となることができるように、是非とも助けてくださり、導いてください。
イエス・キリストの御名によってお祈り申し上げます。アーメン!
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