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4月16日


■とげが与える教訓

「コリント人への手紙 第二 12章:7節〜10節」

12:7 また、その啓示があまりにもすばらしいからです。そのために私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました。それは私が高ぶることのないように、私を打つための、サタンの使いです。

12:8 このことについては、これを私から去らせてくださるようにと、三度も主に願いました。
12:9 しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。

12:10 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。




「とげ」は、人間の堕落と不可分の関係を持っております。アダムとエバが神様に逆らってエデンから追い出された後、真っ先に彼らに臨んだのは、いばらとあざみに刺される苦しみでありました。ところが神様は、人間に特別な働きをさせる前に先ず「とげ」を送られます。なぜなら、私たちが高ぶらないようにして、神様の道具としてご使用なさるためです。使徒パウロは、このような「とげ」を次のように分類しました。


第1番目に、弱いことを「とげ」だと言いました。この「とげ」は肉体のすべての弱さを言います。使徒パウロが病気に罹ったのではありませんでしたが、肉体が虚弱であったことは確かです。従って、彼は全的に神様に拠り頼むしかありませんでした。それで彼は、神様中心に暮らそうと努力することによって、自分の虚弱を克服したのです。


第2番目に、凌辱に会うことを「とげ」であると言いました。使徒パウロは福音を宣べ伝えるために行くところ至るところで、凌辱に会いました。敵たちだけでなく、彼の友人たちまでもが「とげ」となって、彼を苦しめました。しかしパウロは、ひとえに神様にだけ拠り頼むことで凌辱の「とげ」を克服しました。


第3番目に、窮乏を「とげ」であると言いました。使徒パウロがちょっとでも自己中心に生きようとしたら、窮乏が襲って来ました。それで彼は、そうした時ごとに悔い改めて、一心に神様にだけ拠り頼むようになりました。


使徒パウロは、苦しみをもたらす「とげ」を去らしてくださいと3度も神様に懇願しました。しかし、「わたしの恵みは、あなたに十分である。」と言われる神様の御声を聞いてからは、かえってこのような「とげ」を持っていることを喜んでいる、と告白しました。なぜかと言えば、このような「とげ」を通して、神様の超自然的な力を体験することができたからでありました。


それでパウロは、『ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。』(コリント人への手紙第二12:10)と言うことができたのです。


皆さん、「とげ」は、神様から離れた人には警告となり、神様に仕える人には訓練の道具となります。ですから私たちは、「とげ」に刺される時ごとに、ひれ伏して祈り、「とげ」が与える意味を推し量って、これを克服していく成熟した聖徒にならなければならないのです。




お祈り

聖く、愛であられる、わが父なる神様!神様は、使徒パウロに、彼の「とげ」を通して、神様の御力を誇る者としてくださいました。私たちにも数多くの「とげ」があります。益々神様にだけ拠り頼む信仰で、もっと成熟した主の民となれるように助けてください。「とげ」に刺される時ごとに、ひれ伏して祈りを捧げ、主の御心を悟ることができる聖徒となるように導いてください。 イエス様の御名によってお祈り申し上げます。アーメン!