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4月22日


■信仰と御言葉

「テサロニケ人への手紙 第一 2章13節」

2:13 こういうわけで、私たちとしてもまた、絶えず神に感謝しています。あなたがたは、私たちから神の使信のことばを受けたとき、それを人間のことばとしてではなく、事実どおりに神のことばとして受け入れてくれたからです。この神のことばは、信じているあなたがたのうちに働いているのです。




テサロニケ教会は、使徒パウロが2次宣教旅行をする中で建てた教会です。ところが使徒パウロは、そこの信者たちを信仰の上に堅固に立たせる余裕もなく、ユダヤ主義者らの迫害によって、そこを立ち去らなければなりませんでした。その後、他の地域で福音を伝えていた使徒パウロは、テサロニケ教会が政治、宗教的な弾圧にもかかわらず、立派に成長しているという便りを聞くや、神様に感謝を捧げ、信者たちを褒め称えました。


テサロニケ教会の信者たちが神様に喜んでいただき、使徒パウロから褒め称えられるほどに、立派で、模範的な聖徒たちとなった秘訣は、使徒パウロが証しする神様の御言葉を人間の言葉として受け入れず、神様の御言葉として受け入れたことにありました。それで、その御言葉が彼らのうちでみわざを働かす御言葉、彼らの人生を真理の道に導く、生きており、また、力のある御言葉となったのです。


使徒パウロは、この事実を褒めながら、まことに自分が証しした御言葉は、神様の御言葉であると確証し、その御言葉がテサロニケ教会の聖徒たちに働いていると証しました。


私たちの信仰が成長し、私たちの人生が変化されるのは、私たちに与えられる御言葉を人の言葉として受け入れるか、そうではなく、神様の御言葉として受け入れるかにかかっています。信仰生活を長い間していながらも、神様が喜んでくださる人生を生きて行くことができないのは、人を通して宣べ伝えられた神様の御言葉を、純然たる神様の御言葉として受け入れず、その御言葉が自分を変化させるという信仰を持っていないからです。


私たちが、宣べ伝えられた御言葉を神様の御言葉として受け入れる時、私たちの信仰が堅く立てられ、その信仰の器の中に神様の祝福が臨むようになるのです。




お祈り

愛であられ、聖き、わが父なる神様!神様の御言葉が今も、私たちの中に生きておられ、みわざを働かしておられることに感謝を捧げます。テサロニケ教会の聖徒たちが神様から喜んでいただき、使徒パウロが証しする御言葉を、人間の言葉ではなく、神様の御言葉として受け入れたように、私たちに与えられる御言葉を人の言葉ではなく、神様の御言葉として受け入れ、信仰の上に堅く立つことができるように導いてください。 イエス様の御名によりお祈り申し上げます。アーメン!